永い空白の旅(小海線)

30年以上も友人として付き合っていながら近頃始めて知った事がある。高校時代、彼女はJR小海線で通学していたという事実である。長野の生まれとは知っていた。ここ数年親の見舞いと介護で帰っていたことも知っている。佐久平まで新幹線で、車で迎えに来てもらうと聞いていたのでその周辺の小さな円で想像していた。何かの話から小海線の「奥村土牛記念美術館」がよかったと話した。小海線の何処にあるのか聞かれ、駅名が出てこなくて確か<無人駅>と答えたら駅名を言い始めた。高校時代、小海線で通学していたと。

4、5年前に小諸から小淵沢までの小海線にあこがれ、それも奥村土牛の美術館もあると知りやっと実現したのである。彼女は海外旅行の方が好きだから自分の故郷の小海線など話題にもしなかったのかもしれない。高校時代ローカルの小海線でのどかに通学していた彼女をちょっと想像できない。甲斐小泉に「平山郁夫シルクロード美術館」があることを教える。そちらの方が彼女好みである。

「奥村土牛記念美術館」は八千穂駅のすぐそばにある。八千穂はあの辺では大きい駅だから<無人駅>ではないそうだ。勝手に思い込んでいたみたいである。そのほうがイメージにあっているのだ。小諸も小淵沢も歩いてみると歴史的にも面白い町である。小海線の駅から降り立つ町にもよい所があるのであろうが、列車の本数が少ないので列車の旅を楽しむにはあちらこちらと降りられないのである。

そんな話から他の仲間が若い頃、飯山線の桑名川駅から千曲川を渡し舟に乗ってスキー場に行った事があるという。それはまた素敵ではないか。どんな舟なのか聞くとおしんの世界だそうだ。写真があるとのことで後日見せてくれた。桑名川駅前での写真と舟に乗り込む写真である。幸せなことに舟は同じであるが雰囲気はおしんとはかけ離れていた。若人が上野から夜行列車を乗り継ぎいよいよ目的地に向かうぞという明るさに溢れている。話す彼女も忘れていた空白の時間を取りもどしたようである。

そのローカル線と駅が残っていてくれるので、いつの日か違う色合いの旅も可能である。