新橋演舞場 『壽新春大歌舞伎』 (2)

【寿式三番叟】(ことぶきしきさんばそう) 我當さんの翁、風格があった。足が少し弱られたようだが上半身の動きが、体が覚えこんでいる事を示し、袖を巻いて手を頭上に上げる形も優雅にきまった。かなりの年齢になられても、重ねてきた時間を体は知っているのである。

YouTubuで、中村芝翫さんと中村雀右衛門さんの「吉原雀」を見たがどこをとっても善い形である。何回も一時停止してみたがお二人とも長唄と三味線に乗ってゆったりと踊られ形善く停止するのである。点の集まりが線であるが、線が点の集まりであることを教えてくれる。長年の修業の積み重ねの線である。

【車引き】 時平・富十郎さん、松王丸・幸四郎さん、梅王丸・吉右衛門さん、桜丸・芝翫さんの時の舞台の大きさが頭に残っていて、どうしても今回は小さく見えてしまう。その中で桜丸の中村七之助さんの台詞は桜丸の悲哀がよくわかった。何れ彼は責任を取って切腹するその気持ちが、すでにここであるのだと思わせられ胸にきた。梅王丸・坂東三津五郎さん、松王丸・中村橋之助さん。

【戻橋】  渡辺綱(幸四郎)が一条戻橋で美しい女(中村福助)に会い、その女が水鏡をし、その水に映った影から怪しいと感じる。実はその女は鬼女で、綱が鬼女の片腕を切り落とし、鬼女は宙を飛ぶという話で期待したのであるが、筋通りで面白みに欠けた。

【ひらかな盛衰記 逆櫓(さかろ)】 「ひらかな盛衰記」は木曽義仲の滅亡とその遺児を巡る話と、梶原家(梶原景時)の家族劇とからできている。<逆櫓>は、義仲の遺児・駒若丸が大津で漁師の子・槌松(つちまつ)と取り違え、駒若丸は漁師権四郎(松本錦吾)の孫として育っている。そこへ義仲夫人・山吹御前の腰元・お筆(福助)が駒若丸を引き取りにきて、山吹御前ともに槌松も駒若丸の身代わりとなって死んだことを伝える。権四郎とお筆のやり取りは漁師と武家のやり取りで、この福助さんが光る。こういう腹のある女性役が似合ってきた。

嘆き腹ををたてる権四郎。ここで婿の松右衛門(幸四郎)が駒若丸を抱いて現れる。松右衛門は実は義仲の家臣・樋口次郎兼光であると明かす。松右衛門は梶原から義経の船の船頭に取り立てられている。権四郎からなっらた逆櫓という技術の御蔭である。松右衛門は義仲の仇・義経を討とうとしている。ところが梶原は樋口と解かっていて捕らえようとする。権四郎はそれより早く畠山重房に訴人し、駒若丸を槌松として助けるのである。槌松の父は死んでおり、その後で松右衛門は婿に入っており、槌松の実の父ではないのである。この物語は漁師の権四郎と武士の松右衛門の話でもある。漁師の生き様、武士の情け、その辺りをもう少し交差して欲しかった。その綾の彩りが薄かったのが残念だ。

【釣女】 重厚な舞台が続くので最後は肩の凝らないものをという配慮であろう。軽くさせてもらった。橋之助さんの大名がおっとりとして世間知らずでよい。殊更笑わせようとしないのが却って品があってよい。三津五郎さん、又五郎さん世代は、かなり重い伝達役の年代で、これからの一層の飛躍を期待される立場にある。