水木洋子展講演会(恩地日出夫・星埜恵子) (2)

星埜(ほしの)恵子さんは美術監督であり、恩地日出夫監督とはご夫婦である。という事を今回の講演で知ったのであるが、一番驚いたのは、千葉県佐倉にある国立歴史民族博物館に展示されている『浮雲』の映画セットを展示するために尽力されたかたである。歴博の現代の展示室に『浮雲』のセットを見たとき、映画の『浮雲』は傑作だが、どうして『浮雲』なのであろうかと不思議に思ったのである。星埜さんはその経過について、物凄い数の現場写真を紹介しつつ報告された。

2005年に世田谷文学館で『浮雲』の再現セットが特別展示された。その時、若い方がよく古い物を探して揃えられましたねと言われ、古い物もあるが、「汚し」という新しいものを古くしていく技術があることを伝えなければと思われたのだそうである。私も国立歴博のセットを見たときは若い方と同じ感想であった。その後、展示できる場所で展示を続け最終的に国立歴博に永久保存となったのである。書いてしまえば数行であるが、その努力と労力と人脈のつながりは膨大である。この仕事に係った沢山の方々の名前と写真が登場した。星埜さんの話を聞いて、国立歴博の『浮雲』のセットの歩みを理解したのである。

「温故知新」、古きをたずね新しきを知るという言葉があるが、星埜さんの師・吉田謙吉さんの座右の言葉をそのまま使わせてもらっていて、知るだけではなく創る行動まで進むということを実行されている。国立歴博の展示は、人類の登場から順番に見ていくと<現代>の第六展示室は当然一番最後となり、『浮雲』のセットがと思いつつサラサラと見てきたのである。<大衆文化からみた戦後日本のイメージ>とのテーマのところに展示されていてテレビCM映像コーナーなどもあった。今度行くことがあれば、星埜さんの写真や説明を思い出しつつ、よく眺めてくることにする。

略歴を見ると東陽一監督の『サード』『もう頬づえはつかない』の美術助手をされ、『尾崎翠をさがして』『平塚らいちょうの生涯』の美術監督をされている。尾崎翠さんの作品は『第七官界彷徨』だけしか読んでいないが、摩訶不思議な作品である。作品の配置図を作っているのかなと思ったら、作品のあとに<「第七官界彷徨」の構図その他>と付記している。小説でありながら映像的配置図で、屋根の無い模型の中に登場人物を入れて上から操作してそれを側面から移動させて、そこに片恋の交差を言葉で表し、靜物と植物をも小道具として使っている。しっとり水分を含んでいるように見え、触ると乾いている感触で、サラサラしているのかと思ったら、冷たい水分を手に受けてしまうようで、ジトッとした感触でないのが良い。1930年代にこいう作品を書いた女性がいたことが驚きである。<第七官界>を<彷徨>していたのである。映画があることを知ったのが遅かった。『平塚らいちょうの生涯』も羽田澄子監督の演出なので見たかったがこれも遅かりしであった。いつ出会えるであろうか。講演会がなければ、星埜恵子さんの仕事を知ることはなかったであろう。

『水木洋子展』では、関連イベントとして、水木さんの脚本の映画やテレビドラマの上映会を開催してくれている。ドラマは横浜にある放送ライブラリーから借りてこられたようだ。資料だけではなく、脚本の映像が見れるのは設計図から実際の建築物を見れるのと同じことである。

新宿歴史博物館では、『生誕110年 林芙美子展』が ~1月26日まで開催されている。こちらも行かねば。

 

追記 :映画『元始、女性は太陽であった』 2017年7月8日 11時30分からと7月16日 3時から東京国立近代フィルムセンター小ホール(京橋)にてアンコール特集で上映されます。

映画『元始、女性は太陽であった 平塚らいてうの生涯』