松竹大歌舞 中央コース 猿之助・中車襲名披露 (公文協)

演目は『太閤三番叟』『襲名口上』『一本刀土俵入』である。気構えなくても楽しめる演目である。

『太閤三番叟』 『三番叟』も幾つか種類があるが、『太閤三番叟』は<太閤>であるから、秀吉が舞う三番叟である。大阪城が出来上がったお祝いに、太閤(市川右近)自身が三番叟を舞うのである。正室の北政所(笑也)が翁を、側室の淀君(笑三郎)が千歳を舞う。笑三郎さんのほうが笑也さんより貫禄があり、北政所と淀君のタイプとしては反対の気もするが、それはこちらに置いておく。千歳は露払いをし、翁は国の繁栄と安泰を祈る。笑三郎さんは優雅に力強く、笑也さんは品格を持って舞われた。翁が去り、千歳が鈴を持って待ち構えていると、三番叟の右近さんの出である。軽快な出である。顔の作りが良い。金の剣先烏帽子に真っ赤な上衣に白の袴。黒い瞳がはっきりしていて、文楽の人形のようである。多少操りの要素もあるのであろうか。表情は崩さない。それがまたよい。身体はリズミカルに切れよく動く。柴田勝家の残党との立ち回りが舞いながら行われる。邪魔にならない立ち回りである。久方振りに右近さんの踊りを堪能した。

『四代目市川猿之助・九代目市川中車襲名披露口上』 幹部として片岡秀太郎さんと坂東竹三郎さんが参加された。猿之助さんは、中者さんとがっぷり四つに組みたいので『一本刀土俵入』を演目に選んだと言われた。原作者の長谷川伸さんとは縁があり、猿之助さんの祖父である三代目段四郎さんと高杉早苗さんの仲人でもあった。秀太郎さんは澤瀉屋の初演の『一本刀土俵入』では、子守りで出ており、竹三郎さんも出演していたそうである。中車さんは、猿之助さんと組める演目で喜ばれていた。(右近、笑也、猿弥、月乃助、弘太郎、寿猿、笑三郎、門之助)

『一本刀土俵入』 この組み合わせで観て一番感じたことは、花道の短いホールということもあってか、前半は駒形茂兵衛がお蔦に感謝し、最後はお蔦が茂兵衛に感謝して、二人の立場が対等であり五分と五分の関係になったということである。お蔦はいつ帰るとも知れない夫を待ち、酌婦として荒れた生活をしているときに関取を目指す茂兵衛に会い、お金と櫛、かんざしまで与えてやる。茂兵衛に、かなうかどうかわからないが光を見たのである。

茂兵衛は関取どころか博徒となっていた。ただ、お蔦の夫はいかさま博打をして追われる身となっている。茂兵衛が博徒だからこそ救えた底辺の家族である。茂兵衛もその家族に光をみることができたのである。茂兵衛のお蔦に何回もお辞儀をする姿とお蔦が茂兵衛に何回もお辞儀をする姿に、同じ底辺に生きる人のつながりが見えた。それは、ある意味、中車さんがまだ舞台役者の途中でもあるこが原因でこうした面白いかたちになったのだと思う。

前半はお蔦の猿之助さんが引っ張ていく。芝翫さんに習った形で演じると口上でいわれていたが、美しいお蔦でさわやかである。中車さんがリアルになる自分を消そうと意識しているのが垣間見えるので、そのほうが良い。そして後半での茂兵衛は、股旅者の恰好よさもあるのであるが、中車さんはまだそこまで出せない のである。そのことが、今まで見た『一本刀土俵入』では感じられない印象を受けたのである。それはそれでいいのだと思う。これが中車さんの声であるという声もまだできていない。科白まわしもである。映画やテレビの香川照之と別のところに自分を置いているのが判る。これが見えなくなった時歌舞伎役者中車の味がでてくるのであろう。歌舞伎役者猿之助さんと歌舞伎役者中車さんとの取組は始まったばかりである。