新橋演舞場 『天然女房のスパイ大作戦』

『天然女房のスパイ大作戦』の題名に <熱海五郎一座><東京喜劇><新橋演舞場進出記念公演>などと名うたれている。

<熱海五郎一座>とみると、伝説的な<雲の上団五郎一座>を思い浮かべる。映画にもなっているが、その生の舞台は映画では表せないほどの面白さだったようである。熱海五郎一座が目指すのは軽演劇で、その<軽演劇>の規定基準はよくわからない。判らないからその基準で観劇はしない。その場限りのお楽しみ観劇である。<東京喜劇>とあるからには、<青森喜劇>とか<那覇喜劇>とかあるのかどうか。<新橋演舞場進出記念公演>とあるからには、新橋演舞場は<熱海五郎一座>にとって、進出すべき劇場なのであろう。この舞台に立った演劇のジャンルと、芸人さんたちの多さに関係しているようである。その中に自分たちも入りたい。そのことは、三宅裕司さんがカーテンコールの後の挨拶で触れられていた。

あら筋は、妻が、夫が浮気しているのではないかの疑いから、夫の行動を調べている間に、夫が知らない間に男性下着メイカーに転職していて、その新製品の開発に苦労しており、その夫を助けるべく産業スパイとなって活躍、いや、混乱を巻き起こすというものである。その、天然女房が、沢口靖子さん。夫が三宅裕司さん。私立探偵が東貴博さん(深沢邦之さんとの交互出演)。夫の上司の小倉久寛さん。夫のライバルの渡辺正行さん。社長のラサール石井さん。スパイ学校の責任者、春風亭昇太さん。歌う産業スパイ(と思います)の朝海ひかるさんである。

朝海さんの役が曖昧なのは、歌唱力と動きに魅了されてしまうからである。歌詞がハチャメチャでる。なのに高らかに歌い上げてしまうと、何か価値ある歌を聴いた気分にさせられてしまうのである。歌っているご本人、歌詞を無視しているか、自分のなかで、歌詞を変えて歌われているに違いない。歌詞と歌唱力のギャップが可笑しい。

芝居の筋の中で、色々な組み合わせの、ボケと突っ込みを楽しむことになる。このバトル、熱海五郎一座ご贔屓の観客はその辺りをすでに飲みこんでいるらしい。私も他のゲストでのメンバーの舞台映像は2つばかり観ているので予想はついた。今回、私的に面白かったのは、沢口さんと昇太さんのコンビの場面である。どこかずれる(役的にも、波長的にも)二人の行動が可笑しい。コンビでありながら、それぞれがマイぺースに行動し、自分のとんちんかんさも相手のとんちんかんさにも気が付かないのである。常識の突っ込みの入らない場を作ったのはパターン化の羅列を救った。

一つ不満だったのは、沢口さんと三宅さんの場で天然女房が発揮されなかったことである。この夫婦の場で、この奥さんは本当に天然という雰囲気が欲しかった。夫を愛するがゆえの一直線の行動の可笑しさが薄かった。筋通りの天然に終わってしまった。

面白すぎた科白は、社長が、新製品開発に成功したほうに社長の椅子を譲ると渡部さんと小倉さんに言い渡したとき、小倉さんが、「机は譲ってもらえないんですか。」と云ったときである。こちらは、社長の座と思って居るのに、突然、椅子と机の関係が生じたわけで、この科白を聴いたときの自分の頭の中の回転に、それを起こした科白に大笑いしてしまった。ラサール石井さんが呆れながら、「机も譲るよ。」

昇太さんの小話。これは、毎回変えるのかどうか。落語家の意地の見せ所と思うが。受ける受けないは、その日の観客のバロメイター。

始まる幕前で早々、シンバッシーで万雷の拍手。東さん複雑。何もせずに受ける渡部さん。

これだけネタばれしても笑えるところはまだ沢山あるので、お探しあれ。新橋演舞場の花道や舞台装置が使えるのも、劇団の新たな挑戦だったのであろう。

作・吉高寿男/構成・演出・三宅裕司