加藤健一事務所『バカのカベ~フランス風~』

再演である。今回はラストでピエール(風間杜夫)が、フランソワ(加藤健一)に「バカ、バカ、バカバカ、バカ」と連発するのであるが、その<バカ>に含まれている幅が、初演の時よりも大きく揺れ動いた。

<バカのカベ>を一度突き破ったところの、<バカ、バカ、バカバカ、バカ>なのである。

ピエールは、フランソワを自分の趣味の世界しか見ない変わり者としての笑いの対象とした。ところが、フランソワはそれだけではなかった。人が困っていると、その人のために何かしてあげたいという性格で、<バカ>の<カベ>の向こうにもう一人の親切なフランソワがいる。しかし、その行動がことごとく裏目に出てしまうというフランソワがいたのである。そしてフランソワにかかると、全ての事実が表にでてくるという、厄介な親切でもある。

それは、他人のことだけではない。自分の置かれた事実も表に出し、きちんと把握し自分で受け止める。自分が笑われるためだけに呼ばれるたパーティーのこと。それを仕掛けたのがピエールであること。それでいながら、フランソワはピエールの危機を救おうと親切心を起こし行動する。頼もしきフランソワ。感動的な幕切れと思いきや、フランソワのパターンは変わらなかった。次の行動が裏目を出してしまうのである。

だが、ピエールの最期にフランソワにぶつける<バカ>は、フランソワをパーティーに呼んだときとは明らかに違う。

波乱に満ちた一定時間を一緒に過ごした後の、あらゆる感情が含まれている<バカ>という言葉なのである。

「ばかだな泣いたりして。」という、女性に対する男性の常套句のような言葉があるが、この時の<バカ>には、可愛さも含まれている。一つの言葉でも含まれているニュアンスが違う。ピエールの言葉もそれで、「何て事してくれたんだ。ああやはり油断すべきでなかった。どうしてくれるんだい。あんなに喜ばしておいて。」

初演の時は、笑いだけだったが、この二人の人間関係が、良いにしろ悪いにしろ、濃密になったことが判った。その濃密さが、人間の可笑しさの幅を広げて伝わってきたのである。芝居ではあるが、芝居をしている時間空間に登場人物の生臭さが注入されていった感じである。

初演の時は、<バカ>の前に<カベ>が立ちはだかっていて、その壁にぶつかったピエールの自身のばかさ加減がフランソワによって跳ね返されたと感じたが、今回は<カベ>の向こうにいつの間にか連れ去られ、再び戻った時には、今までとは違う人間関係になっていたのでる。ただの笑いだけの芝居ではなかった。人間のあらゆる感情をも網羅していたのである。

登場人物たちの関係も、近かったり離れたり。客観的だったり、感情的だったり。冷静であったり困惑したりという面白さが見えた。再演による、より役に成りきっているため、こちらも、その人物を自然に受け入れ易くなって楽しめるゆとりをもてたからであろう。笑いとは、その人物が真面目であればあるほど笑いになるものらしい。

初演の時の感想である。 『バカのカベ~フランス風~』(加藤健一事務所)

作・フランシス・ヴェベール/訳・演出・鵜山仁/出演・風間杜夫、加藤健一、新井康弘、西川浩幸、日下由美、加藤忍/声の出演・平田満

下北沢・本多劇場 4月24日~5月3日