国立劇場『執心鐘入と琉球舞踏』と映画『電光空手打ち』

和歌山県日高の「道成寺」へ行った時に、琉球舞踏にも「道成寺物」があるというのを知り観たいと思っていましたがやっと観ることができました。

『執心鐘入(しゅうしんかねいり)』で、美しい若者が一夜の宿を頼みますと、今親が留守だから泊めるわけにはいかないとことわられるのですが、若者が若松と名のりますと泊めてくれて夜中に語り明かそうと娘が若者のもとにきます。この娘は、若松を恋しく想っていた娘だったのです。しかし、若松は娘の行動に驚き、お寺に逃げ込み鐘の中に隠してもらいます。娘は追い駆けて来てその執心が凄いので、座主は若松を鐘から逃がし、娘を鐘の中に閉じ込めます。

祈り伏せ、鐘を釣り上げてみると誰もいません。鐘から・・・娘は蛇体の鬼女となって顔をだすのですが出方が予想していなかった展開で、こういう構成もあるのかとやはり観てみないとわからないものです。

琉球舞踏は足の動かしかたに特徴があります。摺り足であったり、少しつま先を上げたり、リズムよく足踏みしたりします。長い衣裳の時はわかりませんが、着物のすそが短くなるとよくその動きがわかります。

衣裳も、沖縄の紅型の美しい色であったり、芭蕉布の素朴な涼しげな布地であったりし、女性は長い上着の時は、中から白い細いひだの裳のようなものが見えたりします。上に来ている長着の持ち方も着物の前をきちんと合わせ、左右の手で乱れないように優雅に持つことを知りました。

静かに静かにゆったりと踊り心情を表現するものもあり、非常に力強いものもあります。

高倉健さんのデビュー作品が『電光空手打ち』という作品で、沖縄を舞台にしていまして、空手の修業をする青年の話しです。主人公・忍勇作(高倉健)は、自分が所属する空手の流派と相対する流派の名越(山形勲)から、空手は攻撃する武術ではないといわれ、その考えに心うたれ弟子になることを希望します。しかし、元所属していた流派からつけ狙われます。そんな時、陶芸家の娘・湖城志那子(浦里はるみ)から、空手を取り入れた琉球舞踏をみせられます。

この舞踏が素晴らしかったのです。これは、映画のために創作されたもので、実際の琉球舞踏にもあるのであろうかと疑問に思っていました。

『二才踊 前の浜(めえむはま)』は、浜の若い衆が踊るといった感じで、きりっと形のきまるところがあり、もしかしてこれは空手からきているのかなと映画をおもいだしました。やはり空手を取り入れてあったのです。

空手は、沖縄が発祥の地だったのです。沖縄の古武術でした。映画でも、沖縄の空手を東京の運動体育展覧会で披露するため、代表として名越が選ばれ東京にて披露します。そして志那子の踊りも披露されます。ここは次の映画『流星空手打ち』となります。映画製作にあたり、当てずっぽうではなく、琉球舞踏に関しても調べて、話しの中に組み込んでいたのです。

琉球舞踏でも小物が使われ、女性が肩にかけていた赤い手巾(ティサジ)を恋する男性に与え、男性は腰に巻いた紫の腰布を女性に渡し、それを女性が腰に締めて踊り、男女の恋の語らいの踊りとなります。

同じ男女の踊りでも、滑稽味のあるものもありますが、サラッと可笑し味を表し、くどい表現ではなく、沖縄の風土とも関係するのでしょうか。

頭に巻く布の巻き方も独特のもので、長い布を前から巻いてなどと観察してしまいました。紫がアクセントとなっています。そして、あの女性の美しい赤い笠。

琉球舞踏も奥が深そうです。今回二日に渡って開催されたのですが、一日だけ観させてもらいました。どちらの日にも『執心鐘入』が踊られ、これは琉球舞踏でも大作なのでしょう。

国立劇場では、旅で出会って観て見たいと思っていたものが東京で見ることが出来て嬉しいです。沖縄に行った時は、ホテルで観させてもらいましたがほんの一部でなのがわかりました。お隣のかたも琉球舞踏ははじめてで、能のような感じもあり驚いたと言われていました。機会があれば、また観させてもらいます。

道成寺・紀三井寺~阪和線~関西本線~伊賀上野(4)

沖縄の『執心鐘入』を観ることができたので、<福島県白河市歌念仏安珍踊根田保存会>のほうはいつであろうかと調べたところ、今年は、3月27日ということです。安珍堂に10時ころまでにいれば「安珍念仏踊り」が観られるということです。

 

 

前進座『牛若丸』と映画『歌舞伎十八番「鳴神」 美女と怪龍』

前進座創立八十五周年記念公演の一つで、源義経が牛若丸と名のっていたころの創作歌舞伎『牛若丸』の公演を観てきました。

藤川矢之輔さんが口上のあと、「歌舞伎の楽しさ」ということで、音楽、立役、女方、立ち回り、だんまりなどの解説がありました。国立劇場での歌舞伎鑑賞教室などで「歌舞伎のみかた」という同じような解説がありますが、この分野まだまだ工夫の余地ありだと思わせてくれました。

驚いたのは舞踊のところで、『操り三番叟』をたっぷり踊られたことです。矢之輔さんが操る後見で、三番叟はどなたが踊られたのかわからないのですが、しっかりと踊られていました。

口上のときに『牛若丸』は、九州の子ども劇場からはじまり巡業してこられたとの話しがありました。浅草公会堂は27日一日一回だけの公演でした。

牛若丸』は三幕で、常盤御前(早瀬栄之丞)が乳飲み子の牛若丸を抱いて逃げる雪の場、京都五条の橋に美しい少年が現れ刀を奪い、それを聞いた弁慶(渡会元之)が退治しようとして反対にやられてしまい、それが牛若丸(本村祐樹)で弁慶が家来となるという月の場、鞍馬で剣術の稽古をする牛若丸が大天狗僧正坊(矢之輔)に兵法書の一巻を与えられ、陸奥の国へと花道をさる花の場の三幕になっていて、「雪月花」として変化をあたえる構成です。

本村祐樹さんは、玉浦有之祐さんに名前をかえられたようですが、チラシではもとのお名前のままでした。玉浦有之祐さん、発声もよく牛若丸の幼さを残した雰囲気があり、それでいて敏捷な動きで形もよく華やかさがあり、役がよく合っていました。歌舞伎の弁慶としては元之さんには、もう少し大きさが欲しいところです。矢之輔さんはさすが舞台を締めてくれます。

わかりやすく、美しい舞台で、牛若丸と弁慶の立ち廻り、牛若丸とカラス天狗の立ち廻りなど、楽しい舞台で、子供たちが喜びそうです。

映画『大人は判ってくれな』(フランソワ・トリュフォー監督)で、子供たちが人形芝居「赤ずきんちゃん」のお婆さんの化けた狼と赤ずきんちゃんの場面を観ている子供たちの様子が映しだされますが、子供たちがお話しのなかに入り込んでいる表情が素晴らしいのです。その表情が浮かんできました。

出演・中嶋宏太郎、上滝啓太郎、忠村臣弥、嵐市太郎、和田優樹

五月には国立劇場で山田洋次監督の脚本で『裏長屋騒動記 落語「らくだ」「井戸の茶碗」より』の公演があります。

山田洋次監督が、歌舞伎学会で「演劇史の証言」として話してくださった時、新たな視点 <江戸・文七元結・寅さん> 歌舞伎をまたやりたいというお話があったのですが、落語をもとにした脚本で前進座とのコラボが実現するわけです。どんな世話物となるのか前進座としての新しい世話物のができあがるかどうか楽しみです。

前進座と映画会社提携の映画や座員複数の出演映画が幾つかありますが、歌舞伎『鳴神』をもとにしたのが『歌舞伎十八番「鳴神」 美女と怪龍』(1955年)です。前進座25周年記念映画でもあり、鳴神を演じるのが河原崎長十郎(四代目)さんです。

監督・吉村公三郎/脚本・新藤兼人/撮影・宮島義勇/音楽・伊福部昭

音楽があの『ゴジラ』の伊福部昭さんで、古典との融合と斬新さを模索したであろうことが感じられます。スタッフをみるとその意気込みが伝わります。

かんばつが続き、早雲王子は気ままで、頼りない関白のもと仕える文屋豊秀、小野春風は困りはてています。かんばつは鳴神が朝廷に裏切られ、竜神を滝に押し込めてしまったからです。阿部晴明も、呼ばれますが、読み解けば鳴神の三千力の強力をおさえることができるという唐文を読み解くことができません。

そこへ呼ばれたのがくものたえま姫で、自分が読み解くというのです。そして文屋豊秀との結婚を約束させます。くものたえま姫は、みよしとうてなを連れて、鳴神のもとへ行きます。実写ですから、この道が岩肌の見える大変な道中です。途中でくものたえま姫は唐文を投げ捨てます。最初から読む力などなく、くものたえま姫は自分が鳴神に対峙してそこで思案してこの大役を果たす心づもりなのです。

鳴神上人に仕える黒雲坊と白雲坊はを、みよしとうてなの踊りとお酒で酔いつぶれさせ、鳴神上人には、自らの手で酔わせ、滝にかかるしめ縄を切り滝つぼから竜神を解き放ち雨を降らせます。最初に舞台場面があり、実写となり、鳴神の怒りで舞台場面にもどるという手法を使い長十郎さんの歌舞伎のしどころをも観せるという手法を使っています。

中村翫右衛門(三代目)さんと長十郎さんが、それぞれの芸風のぶつかり合いで観客を歓喜させたようですが、映画『人情紙風船』(山中貞雄監督)の主人公とは違うおおらかな明るさもあって、さもありなんと想像できました。くものたえま姫の乙羽信子さんがこれまた現代人の若い娘のようなあっけらかんとした人物像で、鳴神上人を自分の思い通りにしていき、歌舞伎とは違う人それぞれの可笑しさが漂う映画となっています。戦争が終わった解放感もあるのかなと思わせられました。

出演・鳴神上人(河原崎長十郎)、くものたえま姫(乙羽信子)、文屋豊秀(東千代之介)、みよし(日高澄子)、うてな(浦里はるみ)、早雲王子(河原崎国太郎)、関白基経(嵐芳三郎)、小野春風(片岡栄二郎)、黒雲坊(市川祥之介)、白雲坊(殿山泰司)、(瀬川菊之丞、田代百合子、河原崎しづ江)