映画『ホワイトナイツ/白夜』『愛と喝采の日々』(2)

  • 映画『愛と喝采の日々』(ハーバート・ロス監督)は『ホワイトナイツ/白夜』よりも7年前に制作されていている。かつてバレーダンサーとしてライバルだったディーディー(シャーリー・マクレーン)とエマ(アン・バンクロフト)の二人が、長い時間を経て逢う。エマはバレエダンサーの現役でバレエ公演がディーディーの住む街で開催されたのである。ディーディーは今、三人の子持ちの主婦で夫のバレエスクールの手伝いをしている。ディーディーはかつてエマと主役の取り合いを巡って心に引っかかることがあった。そのことをはっきりさせたいとの思惑がエマに逢う事によって強くなる。その心理葛藤と二人の女優の演技力が見どころである。

 

  • エマの長女はバレエをやっておりその優秀さからエマの所属するバレエ団に入団する。そのため、ディーディーも娘・エミリアン(レスリー・ブラウン)の世話のため一緒に他の家族から離れてニューヨークで二人で暮らすことになる。バレエ団に接することによって、ディーディーは妊娠してバレエから離れたことに忸怩たる想いが芽生える。そして、エマはエマで年齢的に現役でいられない分岐点であることに正面から向き合わなければならなくなる。その二人の間で輝き始めていくのがエミリアである。

 

  • アン・バンクロフトはバレエダンサーでもなく年齢的な事もあり、練習風景などそのあたりは上手く処理し、その分、プリンシパルであるユーリのミハイル・バリシニコフやレスリー・ブラウンやそのほかのバレエダンサーがカバーしている。特にミハイル・バリシニコフは存分に古典バレエを披露してくれる。その姿にエミリアが恋してしまうのももっともなことであるが、ユーリは浮気者でエミリアは裏切られる。そのため酔っぱらって公演に遅れて来て、エマに大丈夫だからと酔っぱらいつつ舞台で踊るのが可笑しさを誘う。

 

  • ユーリはエミリアの元に戻るが、エミリアは一段階成長していてバレエにかける心構えが強くなっていた。そうした経過の中で、ディーディーとエマは体ごとぶつかる喧嘩をして、今までの自分を認め、これからの自分を取り戻す。そのあたりの心境の微妙さやあけすけなやりとりが上手く出ている。こうしたライバルバレエ映画は、近年では映画『ボリショイ・バレエ 二人のスワン』(2018年・バレーリー・トドロフスキー監督)にもつながっている系列である。

 

  • シャーリー・マクレーンは独特の表現力を示す女優さんで、ヒッチコック監督の『ハリーの災難』でもそれは発揮されていてこの映画がシャーリー・マクレーンの初映画出演である。ヒッチコック監督は自分がシャーリー・マクレーンを有名にしたと言われているようだが、『ハリーの災難』はヒッチコック映画でも珍しいコメディー溢れるミステリーである。ハリーというのは死体で、誰に殺されたのかということが謎で、次から次へと殺した人が変わり、その度に埋められた、掘り起こされたりするのである。

 

  • シャーリー・マクレーンはハリーの妻で、ハリーから逃げて息子と暮らしていたのである。死体を見つけたのが息子で、息子に知らされて死体を確かめにくるが、見なかったことにするようにとさっぱりとあっけらかんと言うのである。ここに住む村人全員がどこか可笑しな人たちでまさしくハリーにとっては災難であった。いやハリーも可笑しな人であったと思える。その妻もやはり変わったキャラで、シャーリー・マクレーンならではであり、今もって映画『素敵な遺産相続』『あなたの旅立ち、綴ります』で存在感を充分に発揮している。

 

  • 映画『愛と哀しみのボレロ』(1981年・クロード・ルルーシュ監督)は、ジョルジュ・ドンのバレエ『ボレロ』から始まる。これまたバレエ『ボレロ』が見事である。今まさにユニセフと赤十字・チャリティーショーが開催されているのであるが、映画はここから過去に戻される。別々の国や場所で4つの家族がそれぞれ第二次世界大戦をくぐりぬけ、その4家族の生き残った次の世代が引きつけられるようにユニセフと赤十字・チャリティーショーに集まるという構成である。

 

  • ナチス強制収容所に送られる途中で赤ん坊だけでもと手放し拾われて育った子、父親が人気楽団を率いていた娘、ヒトラーと写真におさまった演奏家と親子と知らない娘、ボリショイバレエ団に関係していた人の子などがお互いの人生を知らないままに一つの大イベントのために同じ時間にそこに立っているのである。解ることは戦争という大きな時代に呑まれていた多くの人々をこの家族が代表しているということである。ジョルジュ・ドンのバレエ「ボレロ」が哀しみを象徴するような身体表現で、バレエが出てくる異色作といえる。どれもバレエダンスから目が離せない作品である。

 

 

映画『ホワイトナイツ/白夜』『愛と喝采の日々』(1)

  • 昨年の11月に三浦雅士さんの講演『ベジャール/テラヤマ/ピナ・バウッシュ』の中で、どんな関連からであったのか忘れたが、映画『ホワイトナイツ/白夜』の最初に出てくるバレエがバッハの『若者の死』であるということを言われた。映画の記憶としてはダンスが良かったということは残っているがその他は記憶が薄れている。まあ見直せばよいと思って見返したら初めて観るようなハラハラドキドキであった。

 

  • ミハイル・バリシニコフが踊るバッハ『若者の死』は、ジャン・コクトー台本で振り付けはローマン・プティである。導入から画面に釘付けになる。そこから主人公は飛行機事故で旧ソ連のシベリアに不時着。主人公は奇怪な行動に出る。次第に明らかになるのだが、主人公はソ連からアメリカに亡命したバレエダンサーで、亡命者はソ連では犯罪者である。主人公はKGBの監視の下に置かれるが逃れて脱出を試みるというサスペンス的な緊張感である。

 

  • もう一人、アメリカ人でベトナム戦争で白人より黒人の戦死者が多いのに疑問を持ち脱走兵としてアメリカから亡命した男性がいる。アメリカではタップダンサーであった。彼はソ連の女性と結婚していて、この夫婦は主人公を監視しつつバレエ公演に出るように説得する役目を担わせられる。お互いに心が通じ、脱出を計画する。そのため監視カメラの前で二人並んで踊る場面がいい。タップに合わせた音楽を作り、さらに振り付けが二人を光らせる。

 

  • もう一人脱出に協力するのが主人公の元恋人である。彼女はバレエの相手役でもあり恋人だったので彼が亡命した後はKGBから尋問を受けるなど苦境を強いられた。そのため主人公には再会の時怒り心頭であったが、自由なバレエダンスを求める主人公のバレダンサーとしての気持ちを理解して協力するのである。この元恋人がヘレン・ミレンで彼女は実生活で、この映画のティラー・ハックフォード監督と結婚している。ミハイル・バリシニコフも実際にアメリカに亡命していてる。ソ連時代のエリートは許せる限りの自由と豪華な生活の保障があったが、それだけではないバレエに対する窮屈さがあったのであろう。

 

  • 映画はソ連ではロケできなかったが、レニグラードをこっそり撮影している。映画での車の移動はセットで、背景は実際のレニグラードの映像で合成している。批評家がこの合成が下手だといい、レニグラードの場面は全てヘルシンキだろうと言ったが、撮影した人に迷惑がかかるのでレニングラードを映したとは当時は言えなかったと映像特典で監督が語っている。そういう時代の映画でもある。

 

  • KGB幹部の役のイエジ―・スコモリフスキが上手い。世界的バレリーナをソ連で再び受け入れて舞台に立たせれば、その寛大さが賞賛され彼の手柄となる。その手柄を自分の物にできる絶好のチャンスである。必死である。一度舞台に立たせ、その後は尋問にするという計画である。この役者さん、この映画をたっぷりと盛り上げてくれる。アメリカ領事館へ主人公にピッタリくっついて向かい、メディア関係のカメラに微笑むのも見どころであるが、さらなる展開もありなかなか手が込んでいる。タップダンサーの妻役が、イザベラ・ロッセリーニで初々しくて美しい。

 

  • タップダンサー役のグレゴリー・ハインズも映画の中で、みすぼらしい小さな場所で『ポギーとベス』を演じていて、場面場面で見事なタップを披露する。ミハイル・バリシニコフが出るのでバレエ映画と思っていたら思いがけない展開が始まり、バレエ、タップ、バレエダンサーとタップダンサー共演のダンスという場面ありで驚いたことを思い出したが、再度観ても面白さは薄れなかった。

 

  • ティラー・ハックフォード監督は映画『愛と青春の旅立ち』(1982年)で興行的に大成功だったようで次が映画『カリブの熱い夜』(1984年)でミステリアスな展開をさせ、そして映画『ホワイトナイツ/白夜』(1984年)となる。『愛と青春の旅立ち』『カリブの熱い夜』も見直したが懐かしかった。そして、同じ<愛>でもバレエ映画となれば『愛と喝采の日々』(1977年)であろう。こちらの映画にはミハイル・バリシニコフが浮気なプリンシパルとして登場する。