国立劇場 『西行が猫・頼豪が鼠  夢市男伊達競』 (2)

原作は河竹黙阿弥の『櫓太鼓鳴音吉原(やぐらだいこおともよしわら)』である。先月は黙阿弥没後百二十年の祥月でありそれに因んで黙阿弥の埋もれた作品を取り上げたようである。題名から想像するに、相撲と吉原を舞台とした芝居と思える。

原作をかなり変えているようであるが、一言で云えば入り組んだ筋でありながら解かりやすく、楽しく、役者さんたちの動きも為所も役に合い、物語りの中であれこれ遊べて堪能できた。

源頼朝の執権北條時政と執権大江広元の争いに、頼朝に討たれた木曽義仲が頼朝を恨み、その恨みに自分の恨みを重ねた頼豪阿闍梨(らいごうあじゃり)の亡霊が義仲と合体して鼠の妖術を使い頼朝を苦しめる。この二人の執権の争いと頼朝と義仲・頼豪の亡霊の争いを複線に侠客の夢の市郎兵衛が活躍する筋立てである。頼豪は平家物語にも出て来てこの人の恨みはあとで説明する。

頼朝が鎌倉市中に現れる大鼠の影に気を病み、その退治祈願のため頼朝上覧の相撲を開催する。この頃、相撲は神事の役も担う事があったわけである。北條方のお抱え力士が仁王仁太夫(松緑)で、大江方のお抱え力士が明石志賀之助(菊之助)である。明石の花道からの出が美しい。着物は地味に押さえ色白で大きく見える。明らかに松緑さんの方は敵役である。その前に團蔵さんが北條方として憎々しく演じてくれているし、大江方の梅枝さんがいつもの女形ではなく、なかなかしっかりすっきりした立役で楽しませてくれているので、どちらが善か悪かがはっきりしている。明石の弟子・朝霧の亀三郎さんが愛嬌があり明石に明るさを添えている。この場で仁王と明石の睨み合いとなるがそこへ仲裁に入るのが行司の田之助さん。今回前方の席だったので、田之助さんの為所が無いようで居て息を詰めたり遠くからは解からぬ為所のある事を見せてもらった。

明石と仁王の取り組みは明石の勝ちとなり、明石は<日下開山(ひのもとかいざん)>今で言う横綱の称号をもらう。負けた北條は、明石を待ち構え襲撃(亀蔵)しようとするがそこへ明石の義兄の市郎兵衛(菊五郎)が現れ痛めつける。明石の黒の羽織の背中には白で右に[日下開山]左に[明石志賀之助]と名前が入り、市郎兵衛の衣裳と並んで派手であるが初芝居に相応しい。

頼豪は「平家物語」では三の巻きに出てくる。白河天皇は、ご寵愛の中宮賢子(けんし)の皇子誕生を望み、三井寺の頼豪阿闍梨に祈祷を頼み願い叶えば望みの褒美をとらせると約束する。望み通り皇子が誕生し、頼豪は三井寺に戒壇建立を願い出るが比叡山がそれを認めないであろうから世の乱れとなるとして白河天皇は聞き入れなかった。頼豪は無念と自分が祈って誕生させた皇子だから連れてゆくと言い残し断食し死んでしまう。この皇子は四歳で亡くなられた敦文親王である。「平家物語」では木曽義仲も善くは書かれていない。義経との比較もあるのか木曽の山の中で育ったということもあるのか頼朝に人質として息子をあずけ前線で戦いつつ京の罠にはまってしまった感がある。

歌舞伎では頼豪は願いを妨げた延暦寺を恨み鼠に化けて延暦寺の経文を食い破るがなお恨みが消えず、義仲を助け義仲と合体するのである。義仲は鼠の妖術を使い頼朝への復讐と天下取りを狙う。芝居では頼豪は左團次さん、義仲は松緑さん。

<頼豪が鼠>に対し<西行が猫>とは。西行は頼朝から褒美として白金の猫の置物を賜るが、西行はそれを見知らぬ子供に与えてしまう。この白金の猫の置物こそ妖術の鼠を退治する力を所持していたのである。元大江の家臣であった市郎兵衛は、大江家のため白金の猫置物を密かに捜す手伝いをする。