歌舞伎座 『團菊祭五月大歌舞伎』 (夜の部 1)

『矢の根』」。<矢の根>は、羽のほうではなく、根の鏃(やじり)のほうのことである。石の鏃となると、黒曜石が美しいと思うが、それは横に置いておいて、歌舞伎では鉄であろう。曽我の五郎が一生懸命この矢の根を砥いでいる。これも<毛抜き>同様特大の矢である。正月から矢の根を研いでいるのであるから、父の敵の工藤祐経 (くどうすけつね)を討つための心根と思ってもよい。矢の根を研ぎつつの科白の中に七福神の名前が出てくる。ここで、戯曲を読んでおくのだったと、後悔先に立たずである。どうも七福神の悪口らしいのである。これは目で読んで耳で聞くべきである。そこへ、よくわからない人が年始の挨拶にくる。これは、五郎を演じている役者さんに、大薩摩(演奏の方)が舞台の上で年始の挨拶に来たらしいのである。かつては実際にやっていたらしいのであるが、今は大薩摩の方も役者さんが演じて、かつての形を、演じるという手法になっている。初めて観た時はなんじゃなの世界である。

この年始に頂いたの宝船の絵を枕の下に入て五郎は寝るのである。この五郎の衣装も凄いのである。黒地に大きな蝶の模様が素晴らしい。松緑さん負けてはいない。襷(たすき)が太くて紫とブルーのねじりである。これを外して寝る。衣装が綿入れであるから、寝るといっても大変である。後見さんが肩を入れて五郎の背中を支える。五郎は夢をみる。兄の十郎が現れ、工藤に捉われていると告げる。目を覚ました五郎は兄を助けるべく支度をする。外した襷をかけるのであるが、後見さんが二人がかりで取り掛かる。これも見せ場の一つで、出来上がると拍手である。背中に蝶の羽ねのように、太い襷が形よく出来上がる。正式には<仁王襷>と呼ばれている。

五郎は、大根を積んだ馬に、馬子を蹴散らして乗り、兄のもとへ駆けつけるのである。ムチの替わり大根を振り上げて。花道を力強く進んで去るのである。この大根はお正月なので、初荷を現している。大きな五郎を乗せた馬の足が細く見え、馬の役者さんは、何ともご苦労様である。荒事の大きくて、少年の遊び心を舞台にしてしっまたような演目である。

あの砥いだ鏃の矢、せっかくだから、背中に背負わせたかったものである。このアイデアだめかな~。そうなると弓も持たなくは形にならないか。最後は庶民の食材である大根に花を持たせたのであろう。

五郎(松緑)、十郎(田之助)、大薩摩太夫(権十郎)、馬子(橘太郎)