『文楽』 七世竹本住大夫引退公演

住大夫さんの引退公演の最終日を見届けることができた。引退されることは残念であるが、引退公演ときまった以上は、無事勤められて欲しいと願っていた。24日に国立劇場で面白い企画があった。舞踊公演で<動物のいる風景>と題し、動物に係る舞踊なのである。時間が空き、その公演の前に小劇場で筋書だけ買うため、売り場に入らせて貰った。丁度、住大夫さんの語られている時間でロビーまで聞こえてきた。この調子なら、最終日も大丈夫であると安心したのである。

引退公演の演目は、『恋女房染分手綱(こいにょうぼうそめわけたづな)』の<沓掛村の段>の切りである。

沓掛村に住む八蔵親子は、八蔵が仕えていた主人の息子・与之助(5歳)を預かり育てている。八蔵は母が病のため、母を置いて馬方の仕事にも行けず、生活は困窮している。八蔵親子はそんな貧しさの中でも、与之助を大切に育てている。与之助は、侍の子として育てようとする八蔵親子の気持ちよりも、竹馬遊びをしつつ、自分は侍はいやだ、三吉と名乗って馬方になりたいという。八蔵の母は、与之助に、かれの生い立ちを話して聞かせる。

八蔵は馬方の親方の口添えもあり、仕事に出て、一人の座頭を連れて帰って来る。座頭は胡麻の蠅に付きまとわれ、それを八蔵が助け一晩の宿も提供したのである。寝静まってから八蔵は刀を砥ぐ。それを、母は座頭からお金を奪うと勘違いする。そうではなく、主君の与作を落とし入れた者が近くにいるのが判ったから、それを討つつもりであった。しかし、母は八蔵にもしもの事があったら、与之助は誰が育てるのか。自分の命は短いのにと引き留める。座頭は、何を思ったか一人で出立してしまう。火鉢の灰の中に金包みが入っていて、それが、座頭の物と知った八蔵は座頭の後を追うのである。

預かっている与之助を中にして、八蔵の母を思う心、母の八蔵を思う心を、住大夫さんは情感を込めて語られた。2月文楽 『近頃河原の達引』(ちかごろかわらのたてひき)でも、心情の起伏の緩急は見事だったので、こんなに早く引退されるとは思わなかったが、引退挨拶を聞くと、ご自分では納得していなかったようである。病気をされてから、自分の思い通りに語れぬもどかしさに、芸に厳しい住大夫さんは引退を決心されたのであろう。

住大夫さんの語りに合わせて、蓑助さんの遣う与之助があどけない可愛らしい様子で出てきたときは、この組み合わせも今日で最後と思うと与之助が一層愛らしく見えた。文字久大夫さんが<沓掛村の段>の前と<坂の下の段>を勤められ、三味線の錦糸さんが、時にピンと張った音で住大夫さんの女房役を務められ、深く記憶に刻まれる引退公演であった。

何よりも練習をモットーとされていて、<苦の文楽>のイメージがあるが、是非、<楽の文楽>のほうで、観客へ文楽の楽しさを教えて頂きたい。そういう企画を、考えて欲しいものである。文楽について語られたい事は尽きないであろう。