歌舞伎座12月 『雷神不動北山櫻』(1)

通し狂言『雷神不動北山櫻(なるかみふどうきたやまざくら)』は、観る側からすると、単発で観ている『毛抜』と『鳴神』が一つの流れの中の物語であったということの面白さである。ところが、何回も単発で観ているため、『毛抜』と『鳴神』は練に練られてきた演目である。それだけでも成り立ってきた演目である。そのため今回の『毛抜』には納得出来なかった。大きさがないのである。『毛抜』『鳴神』と二つ山を越し、三つ目の山の『不動』の頂上で終わるのである。『毛抜』の山が低すぎる。

陰陽師・安倍清行は早雲王子が皇位を継ぐと世の中が乱れると告げたことにより、女子として生まれてくる子を、鳴神上人は男の子として誕生させる。その子が陽成天皇となる。早雲王子は、鳴神上人を都から追放してしまう。鳴神上人は約束の褒美をもらえず追放され、龍神を封じ込め雨を降らせず干ばつにしてしまう。

陽成天皇に仕える側が、関白基経、小野春道、文屋豊秀であり、小野春道の娘・錦の前と文屋豊秀とは、縁談がまとまっている。ところが、錦の前は病気を理由に輿入れしないため豊秀は家来の粂寺弾正(くめでらだんじょう)に様子を見に小野家に差し向ける。この粂寺弾正の活躍が『毛抜』である。この粂寺弾正は鷹揚で自分流に考え行動する人物で、それでいながら原因はしっかり究明し、弁舌にも長けている。そして大きくなければ時代的面白味がなくなる。現代のただ知恵の回る人物と同じになってしまう。海老蔵さんの粂寺弾正は、時代物的大きさに欠けていた。なぜか。笑いのほうに傾いたのである。

陰陽師・安倍清行が、正体の分からぬ謎めいたことを発しては消えていく摩訶不思議な人物にしている。早雲王子も悪としてつくりもいい。鳴神上人も、雲の絶間姫の玉三郎さんに引っ張られ破戒僧となり、裏切られての怒りの流れもいい。だからこそ、粂寺弾正は時代的大きさを見せてほしかったのである。これに不道明王が加わり、<早雲王子><阿部清行><粂寺弾正><鳴神上人><不動明王>の五役を海老蔵さんが演じるのである。

鳴神上人のところに雲の絶間姫を差し向けるように文屋豊秀に告げるのが阿部清行で、雲の絶間姫は豊秀の恋人で、鳴神上人に聞かせるため夫との馴れ初めを話すが、それは豊秀との事とすると、鳴神上人も踏んだり蹴ったりである。

皇位継承、お家騒動、陰陽師と上人との駆け引き、男女の愛の駆け引きと、この芝居もかなり入り組んでいて面白い。