国立劇場 『伊賀越道中双六』(2)

「岡崎」。こちらの東海道歩きはいつになったら岡崎に着くのか。吉田あたりから宮あたりまでは、JR東海道線ではなく名鉄名古屋本線となり、岡崎も名鉄なのである。『伊賀越道中双六』の<双六>としたのは、上りまで様々の難関があり、さらにサイコロの出方に任せるしかないということかと、芝居を観ていると思われなるほどと感心してしまう。

幸兵衛おは、百姓であるが今は関所の下役人でもある。お袖はその娘で、母・おつや(東蔵)に志津馬の宿を頼むが、夫の役目がら素性の判らぬ者は泊められないとさとす。幸兵衛は関所破りの詮議から救い、志津馬は奴から奪った密書を見せる。奴は股五郎に仕えていたもので、股五郎が幸兵衛に力添えの以来であった。志津馬は実は自分がその股五郎であると名乗る。そしてさらなる賽の目は、お袖の許婚が股五郎で、見た事のない許婚を嫌がっていたお袖は、ここで目出度く祝言となる。そんな中、林左衛門の手下眼八(吉之助)がこの家のつづらに忍び込む。

政右衛門は、関所破りとして捕り手に囲まれるが、刀は雪の中に隠し、素手で相手をしそんな者ではないと主張する。それを見ていた幸兵衛は政右衛門を助け家に招き入れる。お互いに見つめ合い、15年前に別れた師と弟子の再会となる。おつやは情愛をもって別れていた庄太郎(幼い頃の政右衛門)を迎えお袖の許嫁の股五郎の助太刀を頼む。幸兵衛も相手方には剣の達人の政右衛門が付いている事を知っており、庄太郎の腕に期待する。政右衛門は、驚きを隠しおつやの頼みを聞くが、幸兵衛はつづらに隠れた眼八を悟り、股五郎の居場所は教えない。

政右衛門は、ここで師を裏切ることと、敵を目の前にしていることの間に立ち、心落ち着けさせる。このあたりの、刀の取り上げ方などで吉右衛門さんは、政右衛門の心根をきりっと見せる。

幸兵衛は、庄屋から呼び出され出かけて行く。おつやは政右衛門の濡れた着物を幸兵衛の着物に着替えさせたり情をみせる。政右衛門も干してある莨(たばこ)の葉を見つけそれを刻んでやる。そこへ、政右衛門の妻・お谷が生まれた乳飲み子を抱き巡礼となって政右衛門の後を追い幸兵衛宅の前でしゃくを起こし苦るしんでいる。その巡礼がお谷であることを知った政右衛門は、敵を目の前にして素性が知れるのを恐れ、おつやが巡礼を助けることを止める。おつやの情と政右衛門の情のせめぎ合いがこの場を色濃くしている。

おつやは子供だけでもと、乳飲み子を炬燵のある部屋へと抱えて行く。政右衛門は急いで気を失っているお谷に薬を飲ませ、藁くずを燃やし暖を取り、気がついたお谷に事情を説明しこの場を去り吉報を待てと告げる。お谷は、我が子を見てくれたかと尋ね、見たという言葉に安堵し雪の中、夫の言葉に従うのである。非情な場面が一転して、夫婦の情愛の場面となる。

幸兵衛は戻り、門口の焚火の跡に気がつく。次第に幸兵衛にも何かが兆してくる。おつやが、赤子の身につけていた物から、その子が唐木政右衛門の子であると知らせる。政右衛門は、素性が知れる前に、一時も早く敵を討ちたいが為に、我子を殺し投げつける。その時、幸兵衛は、子を殺す政右衛門の目に一滴の涙をみて、全てを悟るのである。

幸兵衛は、股五郎に会わせる。股五郎は志津馬であった。我子に駆け寄るお谷。志津馬が股五郎でないと知り、尼となるお袖。二人の女の悲しみを超えて、幸兵衛は、眼八を殺し、庄屋で股五郎を中仙道へ逃がしたから自分の役目外であるからすぐ追いかけろと伝える。政右衛門は「先生」と言いつつ、幸兵衛の刀の血を懐紙でふき取り見つめ合う。その二人の緊迫した決まりが、これで成就したと思わせる良さである。凄い悲劇があるのに、やったーと思わせる歌舞伎の不思議さよ。

伊賀上野での仇討の場面は、隼人さん、種太郎さんを加えた若い役者さん達にお任せである。

「藤川の関」「岡崎」の前に「沼津」がある。「沼津」は、志津馬の相手の元傾城のお米の家族の話しとなっているわけである。志津馬の為に薬を盗もうとし、その相手が兄で、父は命を賭けて娘のために、志津馬の敵の股五郎の行き先を息子に尋ねるのである。「岡崎」を観ることによって、「沼津」の面白さも増してくる。

歌舞伎は、新しさと古典の復活との両輪であることが、必須条件のように思う。

お谷の雪の場面は、『奥州安達原』の場面とも重なるが、あの時のお君が、今の歌昇さんだったのである。良い体験をされている。今回米吉さんが、竹本に乘る場面もあったが、やはり、踊りをしっかり勉強され、動きを身体に覚え込ませることが大切と感じた。舞踊のようにということではありません。美しい形の一瞬が踊りの中にあると思うからです。

芝居の中で旅人が、「伊勢は七たび、熊野三たび」と会話していたのを捕らえて嬉しくなった。

 

国立劇場 『伊賀越道中双六』(1)

二回目の観劇である。台詞回しの上手さ、ツケの音、下座音楽、竹本のシンプルな音楽性との相性で堪能させてもらった。吉右衛門さんが、「あぜくらの集い」で、唐木政右衛門(吉右衛門)の剣術の師にあたる山田幸兵衛(歌六)が良い所を全部持って行ってしまうような人物なので、そうならないように頑張らなければなりませんと話されていた。

「岡崎」の<山田幸兵衛住家の場>は今回の芝居の凝縮度の高い場面で、敵を討つ側の義兄弟が本人たちの知らないところで、敵同士となってしまうという流れと、かつての剣術の師が敵側を味方するという立場であることから、政右衛門夫婦のさらなる悲劇となる。そして、それらを全て見抜くのが師の幸兵衛であり、この場の最期の師弟のやり取りは、これで本懐を遂げれるという明るさへと変わるのである。仇討という大義名分に隠れた人間悲劇の矛盾をはらみながらも、してやったりと気分をスカッとさせるのは、そこに至るまでの役者の台詞の上手さである。

上杉家の家老・和田行家(橘三郎)には、娘・お谷(芝雀)と息子・志津馬(菊之助)がいるが、お谷は門弟の浪人唐木政右衛門と不義密通のため勘当。息子も傾城のために家宝の刀「正宗」を質入れし勘当している。志津馬をそそのかして「正宗」を手に入れようとしているのが、沢井股五郎(錦之助)で「正宗」を手に入れるため行家を殺してしまう。

大和郡山城に仕官した政右衛門は、弟の志津馬の敵討ちの助太刀をするために御前試合で桜田林左衛門(桂三)にわざと負け、城主(又五郎)から暇を申し渡される。城主・誉田大内記(こんだだいないき)は政右衛門の心を読み取っていて、政右衛門に剣の相手をさせ神影流の奥義を披露させ、満足して志津馬ともども敵討ちに送り出す。林左衛門は股五郎の叔父で、出放したと知った二人はその後を追う。

行家の後妻(京妙)を含め、動きも台詞もしっかりしていて人物構成も良く成り行きがよく解る。政右衛門が大内記に神影流の奥義を見せる場も綺麗に決まる。

藤川の関で、志津馬は政右衛門と待ち合わせるが、その茶店の娘・お袖(米吉)が志津馬に一目惚れする。志津馬は、関を通る通行切手が無いためこのお袖の恋心を利用する。

「あぜくらの集い」でも吉右衛門さんは、志津馬の菊之助君は悪い色男ですと言われて皆さんを笑わせていたが、已むに已まれぬこの行為が悲劇の原点とも言えるのである。

ここに奴・助平(又五郎)が密書を持って現れ、その密書と助平の切手を手に、志津馬とお袖は、岡崎のお袖の実家へと向かう。股五郎と林左衛門も関所を通り、その後を追って来た政右衛門は切符が無いため抜け道を行くのである。さらに切符の無い助平も抜け道を行くが、茶店でのお袖とのやり取り、関所破りで捕縛されるくだりなど、道化役で又五郎さんが息抜きをしてくれる。米吉さんはひたすら志津馬の菊之助さんにポア~ンであるが、可愛さを出そうとする動きを出そうと一生懸命なのが解るのが、二重の可笑しさをさそう。お袖にも「岡崎」では、悲劇が訪れるので、そのあたりの変化を米吉さんなりに考えているのであろう。

「岡崎」では、敵討ち側に予想もしなかった展開が待ち受けているのである。うそにうそを重ねていかなければならない状況が。