映画 『少年H』

寒い時期に、今年の夏に観た映画『少年H』の映像が浮かぶ。戦争の中で家族肩を寄せ合い生きていく話である。戦争の時代は皆そうであったわけだが、少年Hの父母はキリスト教(プロテスタント)の敬虔な信者で、戦争という異常な中では敵国の宗教として白い目で見られる。さらにお父さんは洋服の仕立て職人で、住まいは神戸のため外国人の洋服の仕立てを請け負っているため、戦争が始まると外国人と接触していたというだけで疑いの目を向けられる。

少年のHは、お母さんがセーターに少年の名前、肇の頭文字Hを編み込んでくれたことからのニックネームである。アルファベットは消えていく時代が来る。少年は友達からHは敵国の文字だと言われる。少年は、同盟国ドイツのヒトラーの頭文字と同じだと反論する。疑問に思う事の多い少年は、それを遮られるのが嫌である。そんな少年を父親は冷静に優しく、世の中が変わりつつあり少年が思うままに意見を発することの危険性を諭していく。お母さんは自分の信じる宗教の道を日常生活でも貫く人で、当時の日本人としては、少し違う価値観を持っていた家族である。妹の好子ちゃんがまた愛らしい。泣き虫であるのにその家族の中で皆のことを見つめ自分なりに一生懸命である。

本当にこのお父さんは聡明な人で、自分が引き受ける仕事先の外国人の家に息子を連れていき、洋服の採寸したりする様子をみせ、家ではひたすらミシンに向かう。そんな職人さんなのに、教会の牧師さんたちや、外国人のお客さんが本国に帰ったあと、憲兵に連れて行かれスパイ容疑で拷問にあう。少年はその原因は、アメリカに帰った人からのエンパイアステートビルの写った絵葉書を一番仲の良かった友人に見せ、アメリカは凄いと話したことで、その友人のせいだと思う。その友人に挑もうとして家を出ようとするとき、父親が言う。その写真を見せたのは誰か。少年ではないか。少年が見せなければ、その友人も人に話さなかったであろう。今一番心を痛めているのはその友人だと話す。ここは本当に驚いてしまった。あの状況でそのように冷静に話せる大人は多くはなかったであろう。

神戸の空襲被害の凄さ、終戦。その中で生きる希望を失う父親。あれだけ少年の道標だったのに不甲斐無い父親となり、苛立ちをぶつける少年。少年は学校での軍事訓練、終戦による大人たちの変貌に自分の見る目を持ち始めていた。やっと焼けたミシンを運び修理をして、ミシンを踏み始める父親。少年は看板屋に職を得て自立することにする。火の鳥が今飛び立つのである。

実際のご夫婦である水谷豊さんと伊藤蘭さんが、映画でも夫婦役となり話題となった映画である。原作はベストセラーとなった、妹尾河童さんの「少年H」である。静かにいつの間にか自分の意見を自由に云えない状況となり、それがモンスターとなって戦争に進み、一般市民の多くが空襲のため犠牲になるさまを、一つの小さな光に導かれたように生きていった家族を通して声高ではなく描かれている。

監督・降旗康夫/原作・妹尾河童/脚本・古沢良太/音楽・池頼宏/出演・水谷豊、伊藤蘭、吉岡竜輝、花田優里音、小栗旬、早乙女太一、原田泰造、佐々木蔵之介、國村隼、岸部一徳