『仮名手本忠臣蔵』(歌舞伎座12月) (3)

勘平腹切りの場では、勘平は家にもどり何かおかしい雰囲気だなあと思いつつ、おかるに紋服を出させ着替える。その場に相応しくないような、綺麗な浅葱色の着物である。この色が初めはその場の空気を変える華やかさなのであるが、次第に悲劇性に変えていく色となる。美しい色では覆い尽くせない事態となっていくのである。自分が舅を殺したと思った時から勘平の心は狂気さえを帯びてきて頭を抱える。染五郎さんは目の下あたりを薄い青系の化粧を加えた。もう死神に憑りつかれているような雰囲気である。それと鬘の黒いたぶさが乱れて揺れ、身体も心も究極のところにきているのが伝った。良い勘平であった。ただ勘三郎さんの勘平にはそこに色気が加わっていたのを思い出す。声の質か何なのであろうか。言葉では言い表せられないのである。

祇園一力の場は、おかると平右衛門との会話、「互いに見合わす顔と顔。それから、じゃらじゃら、じゃれつきだして身請けの相談」と由良之助の気持ちを推し量るところがあるが、その「互いに見合わす顔と顔。それから、じゃらじゃら、じゃれつきだして身請けの相談」が映画の台詞に突然出てきたのである。それがなんと『キクとイサム』である。キクが自分の肌の色の黒いのを気にし鏡に向かい白粉を塗り突然その台詞を言い始める。旅回りの芝居の真似も上手いので何処かで覚えたのであろう。脚本家の水木洋子さんも演劇にたずさわっていたことだし、きっと観劇もされていたであろう。この台詞をこの場面で使うのは、この映画の流れをも暗示しつつ軽さを加えたのか。やはりこの方の引き出しも多い。

その「じゃらじゃら、じゃれつきだして」は、おかるが二階から由良之助の誘いにのり、梯子段を降りてくる場面である。軽く酔狂に幸四郎さんは誘い出す。玉三郎さんも酔いに任せる感じで梯子を怖がりつつ下へと移動する。ぐるっと周ってくれば良いのであるが、由良之助には決めたことがある。邪魔の入らぬうち、おかるに悟られない前に上手くやらなければならない。酔いの座興のように進められる。由良之助は降りてきたおかるに女房になってくれないかと聞く。そんなの嘘とおかるは返す。由良之助、嘘からでた誠と返す。おかる、あなたのは嘘からでた誠でなくて誠から出た全てが噓々と冷やかす。この<じゃらじゃら>はただの<じゃらじゃら>ではないのであるが、その場では軽い<じゃらじゃら>で言葉遊びのようなところが楽しかった。

しかしこの平右衛門は自分が義士の仲間に入りたいために随分身勝手なことを考える人である。その勝手さを意識なく海老蔵さんは押していく。手紙を読んだおかるを自分が殺してその手柄で東下りに加わろうと必死である。おかるは勘平が死んだと聞き何の生きがいもなくなり、勘平の出来なかったことの役に立とうと納得する。その辺も繰り返しの可笑しさを含ませつつ進んでいく。この繰り返しは平右衛門の察しの悪さからきていて、結構この場は固くなって観ていたのであるが、そう観なくてもいいのだと今回感じた。

役者さんによって、この軽さ重さの比重が違うのも、情が浅いか深いかなど、芝居のどの辺の芯に行きつくかの面白味でもある。

と言いつつこちらは、未だ外堀を埋める事もかなわずその周辺を行きつ戻りつぶらぶらしている状態である。