『ART アート』(サンシャイン劇場)

1999年初演であるから、16年ぶりの再演ということになる。笑いもあるが、コメディでありながら、かなりシリアスな人間関係のなかの<笑い>であり、人が他人の本性をのぞき見してしまった時の<笑い>でもある。

市村正親さん、平田満さん、益岡徹さんの三人の共演ということで、初演を観ているが、最終的には難解であった。お客さんの拍手が静なのは、考えられているのであろう。頭の中に、整理のつかない余韻が残っているのだと思う。こちらがそうなので、皆さんもそうであろうと勝手に解釈しているのであるが、ただ今回は、再演ということもありなんとか蓋を閉めて再度開けられた。

初演の時はマークの市村さんが、お得意のキザな演技で笑わせてくれ、セルジュの益岡さんがマークの優位に立てぬ焦りを強調し、イワンの平田さんは二人に利用されつつ自分を埋もれさせていた印象であった。

今回は、マークは冷静と不安を表し、セルジュは仕掛けた側のゆとりもあり、イワンは、しっかり自己主張している。三人の中に潜む感情の渦が、時間をかけて育てられた演技力と経験から、より深いところから湧き上がってその激しさを静かに現してゆく。

舞台は真っ白な一室である。下手側のサイドテーブルの透明のガラス瓶の中には、赤、青、黄色の液体が入っている。交替で登場するマーク、セルジュ、イワンの衣装は黒である。始まりから印象強い舞台設定である。そこへ問題を引き起こす、白に白の線が描かれている絵が登場する。セルジュが500万で買った絵である。この絵にその値打ちがあるのか。絵の金額の高さが絵の価値とする基準から、マークとセルジュの物事の価値観に対する感性の対決が始まる。

次第に、今まではマークの価値観にセルジュが賛同し賛美し支配されていたことが判ってくる。イワンにとって、そんなことは、どうでもいいことで、二人の和の中に挟まって、現実から逃避できる空間が大好きだったのである。

このバランスが次第にくずれてくる。この過程を役者さんの台詞と動きと表情で読み取っていくわけである。その駆け引きの狭間で笑いを起こす。

この三人だけの長い関係にも、後ろには、パートナーが加わり、新たな家族が加わる。その背景も、三人の関係を微妙なものにしていく。すでに、現実の厄介さをしっかり体現している イワンは、現実とは違う三人の関係を壊す方向に行く二人に混乱し、狼狽えてしまう。二人が笑うであろう自分の現状をぶつける。

或る面では、三人を一人と考えるなら、マークとセルジュがアートの表現に携わる部分とすると、イワンは生活を意味するともとれる。

三人は、相手に対するお互いの本心を少しづつ出し始める。そのことによって、当然傷つくし、傷つけあう形となる。こうした関係はどこにでも存在する人間関係である。

ではこの三人の関係の修復はあるのか。マークとセルジュは、自分の心にもう一度蓋をして、二人のお試し期間を設けるのである。だが、最後の二人の台詞から、寸法の合わない蓋をしたことがわかる。マークは、セルジュの買った白い絵に青色のペンで絵を描く。その絵に三人のその後が暗示されているように思う。イワンもきちんと自分の居場所を探す。

そして、アートという物は、この三者のせめぎ合いの中で生まれるのかもしれないと思ったりもした。初演の時のほうが、三人はもう少し単純な部分があったが、今回はその空白部分に一筋縄ではいかない人格が作られた。それを味わいつつ、自分の中では、この芝居に一つの結論が出すことができた。結論が出るかでないか。出たとしてもそれぞれの違いはあるであろう。そして、静かに拍手である。

作:ヤスミナ・レザ/演出:パトリス・ケルブラ/美術:エドゥアール・ローグ/出演:市村正親、平田満、益岡徹

一つ要望したいのは、16年前は、料金が、A席、B席、C席であったが、今回は、A席とB席の二つである。こういうセリフ劇の場合は、16年前の踏襲でお願いしたい。