こまつ座 『きらめく星座』

観劇した<こまつ座>の『きらめく星座』のことを書こうとして、浅草のレコード店オデオン堂のお兄ちゃん正一を演じた田代万里生さんのことを調べようと検索したら、頚椎棘突起の骨折のため降板とある。田代さんについては『きらめく星座』で初見で情報もゼロである。愛くるしい真ん丸の目で脱走兵の正ちゃんはオデオン堂の家族のもとに顔を出し、楽しい困った状況を作り出しては、はたまた姿を消す。今度、正ちゃんはどんな姿で現れるのか。年上の義弟をあきれさせ、憲兵を煙に巻き、家族とその仲間に歌を歌わせ、正ちゃんは消えて行く。そんな役柄の田代さんであった。よく動き回り美しい声も披露し元気いっぱいであった。降板前の18日の観劇でのことである。

役者さんだって生身の人間である。故障があれば先の舞台や仕事で挽回すればよいのである。しっかり治していただきたい。24日から、峰﨑亮介さんが新しい正一で公演が続くようで、他の役者さん達はきっちり個々の役が出来上がっており、新しい正一を受け入れる皿は大きいので、浅草オデオン堂は新たな素敵なレコードをかけてくれるであろう。

いつもながらの、井上ひさしさんの深刻な問題も笑いと歌をおりなしつつの芝居である。笑いつつも重要なことはきちんと伝わってくる。どうして逆転の発想というか、ユーモアをもって問題点を突けるのか観ながら笑いながら思ってしまう。

長男の正一が進んで陸軍に入隊したのに脱走してしまい、オデオン堂は非国民の家族である。ひとり娘は、傷病兵に励ましの手紙を書いて、その返事がトランクからあふれるほどである。この娘さん、お母さんの軽い一言から、彼女はきちんと考え傷病兵と結婚する。オデオン堂は今度は美談の家である。

私はこの作品は二回目の観劇で、最初の時楽しかったのが、「一杯のコーヒーから」の歌の場面であった。横文字が入り、仮想敵国の飲物である。オデオン堂には広告文案家(コピーーライター)の下宿人もいて、この歌謡曲に対する傷病兵の婿とのやりとりが可笑しい。「日本人は日本茶だよ。」「日本茶はもとをただせば中国から渡来しました。」お母さんはもと少女歌劇団員で、彼女は歌手デビューするのであるが、市川春代の「青空」のために全く売れなかった経験がある。「煌めく星座」も軟弱な歌謡曲と一蹴される。この小さな普通の家族の愛する音楽は否定される。しかし、夜空には、動かすことの出来ない星座が、きらきら輝いている。

「星めぐりの歌」(宮沢賢治・作詞・作曲)

あかいめだまの さそり / ひろげた鷲の つばさ / あおいめだまの 子いぬ

ひかりのへびの とぐろ / オリオン高く うたひ / つゆとしもと おとす

太平洋戦争前夜昭和15年から16年の東京浅草レコード店オデオン堂。

みんながなんか違うんじゃないかと思ったとき、好きな歌が歌えなくなっている。

公演後、「時代と広告」のテーマで馬場マコトさん(クリエイティブ・ディレクター/ノンイクション作家)のスペシャルトークショーがあった。『煌めく星座』の中にに出てくる広告文案家は、満州にいるかつての教え子たちのもとに旅立つが、実際に同じ仕事に携わっていた優秀な人々が国策のコピーを書く形となったことを話される。<欲しがりません勝つまでは>。なるほど。広告って感心するぐらいすーと溶け込んでくる。それでなければ広告の役目を果たさないのである。広告は多くの人を動かす力があるからこそ面白く、広告の仕事にのめり込む怖さもあるのである。歌もしかりである。この時代の広告人については『戦争と広告』(馬場マコト著)に書かれているようである。

スペシャルトークショーは本当にスペシャルで、湯川れい子さん、村松友視さん、馬場マコトさん(すでに終わっている)、服部克久さん、大沢悠里さん、出演の役者さんなどである。

一杯のコーヒーから 夢の花咲くこともある 街のテラスの夕暮れに

二人の胸の灯が ちらりほらりとつきました

作・井上ひさし/演出・栗山民也/出演・秋山菜津子、山西惇、久保酎吉、田代万里生(9月18日まで)木村靖司、後藤浩明、深谷美歩、峰﨑亮介、長谷川直紀、木場勝巳