東北の旅・慈恩寺~羽黒山三神合祭殿~国宝羽黒山五重塔~鶴岡(3)

<慈恩寺>は慈恩寺縁起によると、僧行基の奏上により、聖武天皇が勅命し開基される。鳥羽院の時には奥州藤原基衡が再興修造。後白河院の時には、平清盛の父・忠盛が奉行であった。鎌倉になると、頼朝の家臣・大江広元がこの寒河江(さがえ)荘の地頭となり、慈恩寺を庇護していく。そのあと山形城主最上氏が庇護。江戸時代には、寺領は関東以北最高となるが、明治新政府により、寺社領没収となる。色々な宗派の影響を受けつつ昭和47年、「慈恩宗」となる。慈恩宗のただ一つのお寺ということになる。バスガイドさんが、このあたりの事も詳しく説明してくれていたが、記憶出来ないので、本山慈恩寺発行書物に頼る。

 

慈恩寺本堂

 

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「慈恩寺の文化財」

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この本は慈恩寺の文化財、仏像の写真が網羅されているので、拝観時間の少なかったぶんも補える。京都で作られた仏像がこの山形の地にあるのが、不思議であった。京の仏師が移り住んだのかと考えたが、京がすぐれた仏師を手放すわけがない。造った仏像を移動させたのである。京都から琵琶湖をへて、福井の敦賀から船で酒田に渡り、最上川を上って辿りついたようである。

慈恩寺は、JR佐沢線の羽前高松駅から徒歩20分なので、来ようと思えば来れるところである。お目にかかれない仏様もあるが、どんな場所に秘そんでおられるかがわかったのでその場所で再び想い描きたいものである。本堂から10分位の山の頂には山王台公園があり、山形盆地を眺めることができるらしい。

バスガイドさんは、月山羽黒山湯殿山の出羽三山の車中から見えるただ一個所の位置も教えてくれる。出羽三山は山岳修験の霊場で、開山は崇峻天皇の皇子・蜂子皇子である。羽黒山の山頂に建つ三神合祭殿は、月山、羽黒山、湯殿山の三神を祀っている。月山、湯殿山が雪のため、登れないので、羽黒山に三神を祀ったと伝えられている。この祭殿の藁葺屋根は、厚さ21センチもあり、吹き替えるのに1年かかるという。その祭殿の姿を映す池が鏡池。映すだけではなく、古来から、銅鏡を奉納し、埋蔵されている。

 

羽黒山三神合祭殿

 

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出羽三山を開いた蜂子皇子(はちこおうじ)は、曽我氏との争いに敗れ、船で日本海を北上し八人の乙女に招かれ鶴岡市由良に着く。そして、三本足の八咫烏(やたがらす)に導かれ羽黒山にいたる。自然崇拝者で、修験道の山として全国に知られる。今でも、宿坊は山伏の方が多い。バスガイドさんの説明のお蔭で、駅で手に入れた、旅ガイドもスラスラ頭に入る。この蜂子皇子を祀る蜂子神社の秘宝『蜂子皇子の尊像』が公開されていた。お祓いを受けてから拝観する。よく知られているお顔は(私は初めてである)、人間のあらゆる苦しみ、悩みを一人で受けられ怖いお顔であるが、秘蔵のお顔も苦難を通過して羽黒山に到達したお顔であった。八咫烏は日本サッカー協会のシンボルマークでもある。

 

蜂子神社

 

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そして、期待の五重塔。これが、平将門創建なのである。こちらは、ボランティアのガイドさんが説明についてくれる。時間が制限されているので、話したいことがあるのに残念の感で説明してくれる。旅行者の中に、将門がここまで来たなんて考えられないというかたがいますが、歴史はロマンですからとガイドさん。解かります。それほど将門は庶民のヒーローだったのである。こちらとしたは嬉しい。歌舞伎の<将門>を、この場に置いて思い描いた。この五重塔のライトアップを見るツアーもあるらしい。 柿葺落四月大歌舞伎 (四)    平将門の人気

 

羽黒山五重塔・平将門建立・出羽守最上義光修造

 

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時間はなかったが、満足であった。随神門から五重塔の前を通って三神合祭殿に到る表参道杉並木は歩きたい道であった。身体的状態からも、これが、限度であったが。

最上川に沿っても文化がありそうである。最上川下りで船頭さんが歌われるのは、『最上川舟唄』であろう。

JR左沢線左沢駅で下車する大江町の左沢は、県内で初めてその景観が国の重要文化的として選定を受けた町らしい。<左沢>の読み方→<あてらざわ>。何かいわれがあるのであろう。

バスガイドさんの厳しい愛の時間制限で、バスは予定通り鶴岡駅に到着。お蔭さまで中身の濃い旅であった。鶴岡は藤沢周平さんの街でもあるが、今回は素通りで秋田に向かう。

 

東北の旅・鶴岡~秋田~五能線~五所川原(4) | 悠草庵の手習 (suocean.com)