歌舞伎座 7月歌舞伎 『正札附根元草摺』『悪太郎』

『正札附根元草摺(しょうふだつきこんげんくさずり)』。<草摺>で終わっているが、<草摺引>のことで、<引き合う>の意味があり、鎧の草摺→鎧のすその部分をお互いに引き合うのである。では誰が。曽我五郎と小林朝比奈の妹・舞鶴である。『対面』の時、曽我兄弟は敵の工藤祐経と対面するが、対面の手引きをするのが、小林朝比奈、遊女の大磯の虎、化粧坂の少将、朝比奈の妹の舞鶴である。この人達は曽我兄弟びいきなのである。

荒事として、血気にはやった五郎が逆沢潟(さかおもだか)の鎧を抱え工藤に対面しようとするのを、朝比奈が引きとめるのであるが、その朝比奈の代わりに妹の舞鶴が、止めるのである。舞鶴は、止めても聞き入れない五郎に対して、遊女の振りで止めるという、長唄の舞踊劇である。

五郎は黒地に大きな蝶の刺繍の衣裳で、鎧を抱え現れる。勇ましく血気盛んである。市川右近さんが、五郎の若くて自分の気持ちに邁進する勢いを荒事と同時に愛嬌も添えた。観ていて思ったが、手と指の動きがいい。凄く若々しさを感じさせる。荒事で手と指が体と繋がって表現することを殊更実感できた。笑三郎さんの舞鶴との鎧を引き合う場面も大きさがあり、そこから、舞鶴が五郎を諭すように踊りに入っていくのも押さえた色気で心の内を伝えようとする心情もよく伝わった。このお二人なので、気負うこともなく観ていたのだが、舞鶴の衣装も好きなので、『対面』から二人が飛び出したようで、先人が色々な組み合わせで、いかに楽しませようかという工夫も感じとれ、曽我物として楽しめた。

『車引』『像引』などもこの種類で、なるほどと納得する。

『悪太郎』。『悪太郎』とみると、中尊寺の貫主も務められた今東光さんを思い起こしてしまうが、こちらの悪太郎は大酒飲みで酒癖の悪い悪太郎の話である。

出からして酔っていて薙刀を振り回し何かしでかしそうである。この長唄舞踊は初代猿翁さんが初演で、酔って薙刀を扱いつつの踊りは澤瀉屋に相応しい舞踊である。リズム感のある踊り手、市川右近さんと猿弥さんのコンビである。悪太郎(右近)は、修行僧智蓮坊(猿弥)に出会い、薙刀を振り回し自分のやりたい放題である。時としては、物分りもよくなったり、豹変したりで知念坊は困り果てるが、悪太郎は物語を始める。この部分がよくわからなかったのであるが、『錣引(しころびき)』の物語のようだ。兜のしころの部分を悪七兵衛景清が引きちぎったことの話らしい。『平家物語』(巻十一・弓流し)には、景清が見尾屋十郎の兜のしころをつかもうとして、三度つかみそこね、四度目にむんずとつかむが、見尾屋はこらえ、鉢付けの板から、ぷつりとしころを引き切って逃げたとある。兜の錣の引き合いである。

智蓮坊が去った後、悪太郎は、悪太郎の所業を心配する伯父(亀鶴)と太郎冠者(弘太郎)と出会うが寝てしまう。そこで伯父は悪太郎を懲らしめるため頭も髭も剃ってしまい、数珠と黒の衣を置いておく。目覚めた悪太郎は鐘を持ち、修行僧に成りきる。そこへ、智蓮坊があらわれ、南無阿弥陀仏と鐘を叩く。自分の名前を南無阿弥陀仏にした悪太郎は自分の名前を呼ばれたとして返事をする。その応答を右近さんと猿弥さんは鐘をたたきつつ間の息もあってコミカルに動く。さらに亀鶴さんと弘太郎さんが加わる。亀鶴さんの長袴が上手く動く。

最初舞台は、松があり松羽目ものとしているが、次に松を残して、舞台後ろに長唄囃子連中の方々が姿を表し、松羽目ものよりも崩しますよというお知らせのように思えたら、内容もそうであった。澤瀉屋的動きと、音楽性のある舞踏劇である。二代目猿翁さんが、表舞台に出られなくなられてから、次の世代が澤瀉屋をしっかりつないでいる。